離婚生活が一転 14ピース 友達と笑い声

この所良い秋晴れが、続いている。


晴れると心が少し軽くなる。



次男中2長男高3何年か前から夫の借金で離婚をする事を子供達に話して納得してもらって離婚をしました。



でも離婚は、勝手な親の都合…子供達は、私の子供にしては、凄く優しく良い子に育ってくれました。



離婚に関して「良いよ」「解ったから」だけで本心は、どうだったのか今考えると子供達の私への思いやりだったのではと複雑です。



子供達の人生迄親の身勝手で選択出来なくしてしまった。


どちらを選ぶかは、子供達に任せた。



次男は「誰がご飯作るの…❗️」こんな時にそんな事が気になるのかと…不思議に思ったけど❗️


結局2人共私と暮らす事にして来れました。


「母さんはの給料だと生活は、苦しくなるよ」と伝えたけれど…



慰謝料、養育費勿論欲しいけどもらえる状況ではなかった。



離婚届けを出し住むための家を探した。


ワンコが居る為選択物件は、限られてしまう。


次男の中学校への通う距離も考えなければならない。


収入は、激減大家さんが意地が悪く「何時出て行く」「未だ決まらないのか」とやたら何度も何度も急かす。


電話が、鳴ると動悸がして「リー」の音だけでも不安に襲われるようになりました。


本当に冷血な人でした。



急いでとにかく嫌な大家から離れたかった。


何とか見付けて「何時々出ますから」と言うと引っ越し先の住所を教えろと…勿論教えませんでしたが、



三人で見に行って長男は、呆気に取られていたようです。


次男は「こんな家に住むの…❗️」


慌てて探した事でそう言われても仕方ないボロ屋でした。



「母さんのお給料じゃこんな所しか借りられない…ごめんね。」


今迄は、4LDKの庭付き一戸建て



オールトタン張り雨戸は、ボロボロで剥がれ落ちた木2軒長屋を繋げた一応4L2DK畳張りお風呂はコンクリートの打ちっぱなしに小さなアパート1人用の薄いプラスチック❗️扉は木❗️洗面所脱衣場なし洗濯機置場もなし、トイレは、和式水洗…子供達は、余りの違いに何も言いませんでした。


唯呆気に取られてしまったのでしょう。


唯々心の中でごめんね。ごめん謝るしかなかったのです。


             



引っ越しも慌ただしく週5日仕事の後夜や休み土日で時間を惜しんで休む時間さえ取らないで必死で急いで自家用車で何往復もして引っ越しをしました。



次男は、自転車通学で転校しないで通ってくれました。



長男は、私立高校に通っていた事もあり中退も考えましたが、「通って卒業したい」と言うので何とか私のボーナスを全て回せば卒業させられると思い私自身も高校だけはと思ったので通わせる事にしました。



引っ越し初日に2人して「トイレどうやって使うの…どっちが前?」初の和式です不思議に思って当然です。



それでも何とか住めば都なのでしょうが、夏は異常に暑く冬は底冷えがして冷え込み、薄暗く



お風呂は、隙間風で寒い上に昔ながらの煙突型のガス点火型、月日が経つに連れてシャワーを使うので木のドアは、ボロボロになり風呂場の廊下は、腐ってボコボコで抜け落ち状態…大家さんへ言っても「もう寿命かな~」ですまされてしまいました。



お風呂場のガスも中にある為2度も壊れましたが直してもら得ずお湯だけで調整して入ってました。



それでも子供達は、何も言わず恥ずかしがる事もなく次男は、友達を4.5人毎週の用に連れて来ては、ワイワイガヤガヤ夜もざこ寝で停まって行きました。




友達が次男の所へ気にせず来て来れてる事がとても嬉しかったのです。


私は、「親は、先に居なくなるから来て来れる友達を大切にしなさいよ」と良く言っていました。



言葉の通り高校(公立)へ推薦で入ってからも友達が遊びがてら停まりに来てくれました。



私は、次男の友達が何人も居る事で凄く安心していました。


笑い声、「何でだよ」「○○だろう」「止めろよ」…ふざけ合う声、ゲームで騒いでる声全てが嬉しくて嬉しくて次男が楽しくて幸せなのが何よりの私の喜び幸せそのものでした。



朝食だけはと、簡単な物を用意してあげました。



あの頃の友達を連れて来る次男の楽しそうな笑顔子供達の「お邪魔します。」「お邪魔しました。」


次男の学校へ行く時の「言って来ます。」に


窓から自転車が見えなくなる迄心の中で気を付けて行って帰っといでと願いながら見送った事




もう帰って来る時間だからとただいまが 聞きたくてちゃんと帰って来るか心配のとワクワクで「ただいま~」が聞こえるとホッとするのと嬉しいのとが入り交じって「お帰り」その言葉が言ってあげられる事が凄く幸せでした。



でももう「おはよう」「行ってきます」「ただいま」の言葉も声も聞く事は出来ないのです。



顔を見て「行ってらっしゃい」「お帰り」「おはよう」「お休み」さえ言ってあげる事が出来ない。


             


それがどんなに寂しくて辛い事なのか…



誰もが家庭で必ず交わす他愛ない言葉なのにこんなにも重く心を包んで来れる愛おしい言葉だった事今になって解っても…



母さんの心を温かく包んで来れた言葉を何時も沢山プレゼントして来れてありがとう。